それぞれの「当たり前」


物心ついた頃から、私の周りには「バター」と「マーガリン」が共存していたはずだ。

何故私は「マーガリン」を受け入れていたのだろう?

そうだ、「マーガリン」は学校給食に「いちごジャム」と一緒に提供されていたのだ。
甘いジャムと「マーガリン」の相性はとても素晴らしく、当時トーストされていない食パンにはベストの選択であったに違いない!
学校では勉強を教わる。学校で出るものは勉強と同じで間違いはない。なのでそれが「当たり前」だと思っていた。

ここで整理をしてみよう。
バターは約4000年前から存在し、食卓には切っても切れないほど普遍の食品である。
友人の父もパンにはバターが当たり前で、「代用バター」は「マーガリン」とも呼ばれない程、身近なものではなかった。

「マーガリン」は歴史的に新しく、「バター」の供給不足のため作られたものである。
味も改良が加えられ、食品の安全性的には学校のお墨付きである。

「バター」と「マーガリン」、「友人の父」と「私」
育ってきた背景が違うので「友人の父」と「私」では「当たり前」違って当然である。

普段ならここで終わるはずだが、ここまで調べていくとそうも言っていられなくなった。

どうやら私は重大なミスを犯していた。

幼い頃からそれを「当たり前」として受け入れていたが、調査をしていく間に重大な事実が判明した。

「マーガリンは体に悪い」
デンマーク、スイス、ニューヨークでは使用禁止食品になっているではないか!





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